階段

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てっぺんからどんぞこまでをつなぐ一本の階段がある。
二人の人間がその上を歩いている。
一人は昇り、もう一人は降りる。




昇る人は見るからにしんどそうで、汗だくの顔色は赤紫だ。
太ももの筋肉が岩になって、一段ごとに膝に手のひらをつき、息を落ち着かせる。
昇る人は振り返らない。振り返る体力がもったいないし、バランスを崩して落ちていく自分が想像できてしまったからだ。頑張って昇ってきたのに、そんなことで無駄にしたくはない。自分がどれくらいの距離を昇ってきたのか気になるが、それは後に取っておく。
真っ直ぐに昇っていく。その表情は苦痛にまみれて哀れだが、その心は爽やかだった。

降りる人はリズミカルに足を運んでいる。顔色は青白い。
つま先と膝が痛くなってきて、滑り落ちないように気をつけている。
降りる人は何度も振り返る。自分がどれだけ降りてきたかを考えるほどに迷っていく。降りることはできたが、昇ることはもうできない。後戻りできない抑圧と、前に落ちるのを恐れるつま先が、体を真っ直ぐに支えている。とりあえず前に進んでいるだけで、この階段上に希望を感じない。あるとすれば、横から救いの手が現れるときだけだ。
真っ直ぐに降りていく。その表情は淡々として美しいが、その心は不在の誰かを求めてばかりいる。


二人が出会ったのは、どんぞこに程近い場所だった。
昇る人はやはり足が遅くて、降りる人の方が何倍も早かった。


昇る人は笑った。
昇ってきたことで誰かに出会えたことがとても嬉しかった。
降りる人が立っている段がゴールのように感じられた。
それでも、ゴールの先に行ってみたいと思っていた。

降りる人はうめいた。
昇る人のあまりにも苦しそうな顔が恐ろしかった。
昇る人が立っている段が地獄のスタートのように感じられた。
やはり戻るべきだったのだと後悔が爆発して、足がすくんだ。

昇る人が降りる人にハイタッチを求めると、降りる人は思った。
思い切り押してやったら落ちるだろうか。
降りる人は下からの恐怖で胸を逸らせ、上からの後悔で勢いをつけて、思い切り昇る人を突き飛ばした。

昇る人はバランスを崩したが、一段降りただけで踏みとどまった。
降りる人もバランスを崩して、その場で尻餅をついてしまった。

昇る人はずっと昇ることしか考えていなかった。
降りる人は昇ろうか降りようか迷っていた。
その力の差が出ただけだった。

降りる人は罪悪感に泣き出したが、昇る人は立ち上がると笑って手を振った。
立ち止まったらもう昇れなくなると思って、留まらずに進むことにしたのだ。
降りる人は座ってしまって、なかなか立ち上がれない。

降りる人は、昇る人を呼び止めて、一緒に行きたいと叫んだ。その希望に溢れる人と一緒の方が、一人よりはましだと思えた。
昇る人は振り返った。まず、自分の登ってきた段数が思っていたよりずっと少なかったことに驚いた。それから降りる人を見下ろして、尊敬のまなざしで言った。

なんて向上心のある人だ、と。
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