エレキテイル

プロローグ

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「ミイタ」
 電子機器がギザギザに積み上げられた、暗い工作室の一角。ステンレスの作業台の上で、青年は横になっていた。ほかに寝られる場所がないのだ。胸は黒い血に染まっている。荒い呼吸を抑え、体を動かさずに、相棒を呼んだ。
「なんだい、アニキ」
 主人の声に応えて、真っ白な樹脂で覆われた小型のロボットが一体、のっぺらぼうの顔を近づけた。青年はそれを横目で確認して、落ち着いた声をかけた。
「オレは悔しいよ。せっかく最高の頭脳を作ってやったのに、肝心なことを全然教えてない」
 青年の指がミイタの頭部をなぞった。
「そんなこと考えてたのか。アニキらしくないなぁ」
 ミイタが少年の声で笑った。途端に、青年の表情が曇る。ミイタは慌てて白い胸を張った。
「アニキ、オレは世界で唯一の『嘘つき』ロボットだぜ。それだけで充分さ」
 ミイタの強がりも、右肩に焦げた穴が見えた途端、青年の胸を締め付けた。
 ミイタは青年が開発した『嘘つきプログラム』を搭載した試作機だ。やみくもに嘘をつくのではなく、状況や相手の心情を察して、適度に話を濁したり、辻褄を合わせたりする柔軟性コミュニケーションツールだ。しかし、ロボットが嘘をつくという事実は、技術革新よりも倫理的な批判で世界を騒然とさせた。従順さが保障されてこそ、ロボットに次々と機能や権利を与えてきたのだ。人工知能に「裏」があって、人間を騙し、利用するようなことは、決してあってはならない。それだけの力を、すでにロボットは占有してしまっていた。「嘘つきミイタ」の噂は学会発表よりも早く広まり、一時の賞賛も得られないまま、世論の総攻撃を受けた。
 そして今朝、実験室が何者かに襲撃され、ミイタは肩に、青年は胸に弾丸をくらった。犯人は警官の制服を着ていた、とミイタは主張したが、青年は厳しく口止めをし、傷の手当もせずに、作業台に横たわってしまったのだ。
「世界一の人気ロボットにしようとしたのに、一番の嫌われ者だよな……ミイタ、オレを恨んでるか?」
 青年の声は錆びた蝶番のように掠れていた。出血多量で、顔がいち早く死にかけている。
「まだ『怒る』って気持ちはわかんないよ」
「ああ」青年は自嘲するように笑った。「そうだったよな」
 青年は肺を空にする勢いで息を吐いた。窓の光で点滅する埃が、ひゅっと流れに乗った。彼の群青の瞳が窓の外を眺めたので、ミイタの視覚センサも後を追った。白茶けた工場地帯の向こうに、小さな森が見えた。
「アニキ、困ったときはよくあの森を眺めてたよな。なんで?」
 青年はミイタに向き直って、それから理由を考えた。
「……永遠の象徴だから……かな」
「なんだ、それ?」
「そこにあると安心するのさ。自然ってのは。あの永遠はニセモノだけどな」
「よくわかんないよ」
「行ってみればいい。……なぁミイタ、よく聞け。嘘は可能性だ。常に嘘をついたり、嘘で儲けるのは罪だが、人を護ったり楽しませる嘘も確かにあるんだ。手品や擬似体験みたいに。特に歴史や物語の穴を埋めるには、嘘をつくしかない。……一瞬の嘘も、永遠の鎖を繋ぐものだ……そこまでしても、永遠を求めるんだよ。人間ってのは……」
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