エレキテイル

第二章

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 ミイタが修理している間も、少女はずっと物語りを続けていた。

 ―――女王はいつもお部屋にお篭りになって、小さな、鈴のような形の装置をお作りでした。成功しては紅茶も喉を通らないほど熱中され、失敗してはお食事もお召し上がりにならず没頭されていたので、私どもは女王のお体ばかり心配しておりました。しかし女王は、助手をお使いにもならず、毎日一人きりで研究に打ち込んでおられました。なぜかをお聞きすると、「人間のための装置ではないからだ」とお答えになりました。幼い頃から私どもとお過ごしになり、お屋敷からのお出かけも数えるほどしかないからこそ、数多くの技術を開発できたのだと仰いました―――

「アニキと似てるな」
 ミイタは少女の後頭部の回路をチェックしながら、口を挟んだ。
 彼女の「女王」とは、ロボット工学のエンジニアらしい。人目を避けてロボットの開発にのめり込むところは、ミイタの主人とよく似ている。
 ロボット工学は、百年前の目まぐるしい革新を遂げると、エンジニアの輩出も稀になり、ここ五十年ほどは停滞期と言われている。家庭用・業務用ともにロボットが高機能になる一方で、人命に関わる事故の件数も増え、一般人がロボットの「人間化」について懐疑的になっているのだ。
 だから現在のエンジニアの多くは、安全性の高い量産型のおそうじロボット等を作る傍らで、密かに新技術を構築しては学会に発表している。「女王」も、世間の批判から逃れるために、屋敷に篭っていたのかもしれない。

 ―――私どもは、そのお言葉に感謝を申し上げました。すると女王は突然お立ちになって、「そう、それが足りないだろう?」と仰るのです。ひらめいた、と再び研究室に向かわれました。それから四日、寝る間もなく作業をお続けになり、ついに技術が完成したと、数年ぶりに笑顔をお見せにな―――

「あっ、悪い」
 少女の声が途切れたので、ミイタが外した配線が電子音声の再生に関わる部位だとわかった。慌てて元に戻す。
「君、どうなってんの?」
 奇妙だった。
 頭部を通る一番太い結線が、身体の駆動回路ではなく、音声用なのだ。肝心の運動系は細いケーブル一本で、それも焼き切れてしまっていた。驚くべきは、その二本のほかには、電源ケーブルしかなかったことだ。本来あるべき場所に、視覚や聴覚のセンサー類がなく、スカスカなのだ。これでは、ただ話すだけの人形に過ぎない。
 彼女は、ただ座って「女王」の話をするために作られたのだろうか。
 仮にそうだとしても、内部のスペースを考えれば、いまどき視覚センサくらいは搭載するはずだ。むしろ、もともとあったセンサ関係をごっそり取り除いたように思えた。
「運動系は直せるけど」
 と言っている間に、断線した部分を繋ぎ直した。
「新しくセンサを作るのは、ちょっと難しいなぁ」
 ミイタは溜息をついた。呼吸はしていないので、「はぁ」と言うだけなのだが。
 少女の駆動回路は直った。しかし、動く準備ができただけで、センサなしでは歩くどころか、立つこともできない。体を真っ直ぐにするために、一秒に何百回も位置測定と姿勢制御のフィードバックをする必要があるのだ。少女が一人で活動するためには、少なくとも位置測定用の視覚センサが必要だ。
 センサを製作するためには、かなり精密な作業と材料、装置も必要となる。指名手配中の小型ロボット一機には難しい。
「アニキが生きててくれたら」
 ミイタは悲しいと思った。この地区で唯一、少女を直すことができたはずの頭脳が、数日前に失われたことと、少女とコミュニケーションを取れないこと、その大きな可能性の喪失を、悲しいと認識した。

 ―――女王は私どもに、新しい装置を試すと仰って、一人ひとり、工作室にお呼びになりました。接続には一時間ほど要しましたが、全く違和感はありませんでした。むしろ、お変わりになったのは女王の方でした。私ども四人のメイドそれぞれに、「喜び」「怒り」「後悔」「悲しみ」の感情を教えるため、全く別のご対応をなさるようになりました。「喜び」の子には毎日素敵な贈り物をお与えになりました。「怒り」の子には、望みと全く逆の物をお与えになりました。「後悔」の子には、失敗を一つする度に制御回路の性能を落とされました。そして私には、「悲しみ」のために、一切の行動を許されず、女王のお側で記録だけを続けるよう命じられました―――

 なにもできずに座り込んでいたミイタには、そのときの少女の気持ちがよくわかった。ただ少女の話を記録するだけ。あまりにも単純な動作だ。

 ―――最初に反応があったのは、「喜び」の子でした。ロボットに対するものとは思えない、素晴らしい待遇に感動したと言って、ぽろぽろと瞳から水滴をこぼしたのです。女王は満足そうに微笑まれて、彼女を抱きしめました。それで彼女はさらに泣きました。ロボットが初めて流した涙です。鈴に似た装置は、ロボットが感情の起伏で自動的に涙を流すシステムだったのです。最終的には四体ともが涙を流し、女王の技術は確立されたのでした―――
 
「それって、涙の、女王」
 ミイタは驚いた。その話を知っていた。
 「涙」システムは、まさに百年前の、ロボット技術の革新期を代表する大発明だ。どうしても無感動さを払拭できなかったロボットたちが、涙を浮かべることで、強い感情を示すようになったのだ。以降、ロボットの人間化が一気に騒がれるようになった。
 発明者は通称「空白婦人」。本名や出生など経歴に空白が並ぶことからそう呼ばれていた。幼い頃から、城のような屋敷に一人、三十年以上もロボットたちと過ごし、数々の技術を発表した天才科学者だ。特に「涙」の技術は、自然な流れ方やタイミングが絶賛され、現在でも家庭用ロボットの多くに最新版が取り入れられている。ロボット愛好家からはまさに女王として尊敬され、ミイタの主人も大ファンだった。記録では、女王は暗殺され、「涙」を搭載した初期型のロボットは行方不明になったはずだが……。
「君は、涙のお姫さまなの?」
 少女が自分の経験を話しているなら、彼女が最初に「涙」を手に入れた、「涙の姫君」ということになる。
 でも、とミイタは思った。彼女の中に「涙」システムは見当たらなかった。ただ、少女の瞳の奥には、眼球よりも小さな球の器が残されていた。「受け皿」と呼ばれる、涙を蓄積しておく器だ。「涙」システムの末端で、大気中の水蒸気を感情パルスの大きさに応じて水滴に変え、涙として瞳に水滴を流す重要な部品だ。
 つまり、彼女の中に「涙」システムはあったが、取り除かれたのだ。
 「涙」は通常、視覚的な情景や、音楽などにも反応するから、センサ類とは幾重にも接続されている。誰かが「涙」システムを取り出したときに、センサ類も外した可能性は高い。
 いまどき、「涙」システムはそれほど高価ではないが、オリジナルに近い精巧なものには破格の値段がつくときがある。もしかしたら、彼女には百年前のオリジナルの「涙」システムが搭載されていたのかもしれない。その希少価値を狙った誰かが盗んだとは考えられる。
 そして、そういう価値に翻弄されるのは、人間だけだ。
 加えて、「涙の受け皿」を残していることと、周囲のセンサをまるごと取り去ったことから、ロボット技術に詳しくない素人が、少女から外界との接点を奪ったのだと推定される。
 彼女は何年、無音の暗闇で、一途に主人の話を続けているのだろう。
 ミイタは「怒り」というものが少しわかった気がした。バグを残したままでいるような違和感と、それを直したいという強い衝動だ。
「せめて、なにか入力してやりたいな」
 少女自身になにがあったのか。その犯人を割り出せなくても、彼女に搭載されていたセンサの型がわかれば、代用が利くかもしれない。
「……代用?」
 突如、ミイタの思考回路で猛烈に計算が始まった。
 行動が決まれば、ロボットほど最速・最適な方法で最高の結果を出すものはない。
「オレがセンサになればいい!」
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